トリあたま絵日記

顔で選んだダンナはモラハラの塊でした

4歳差の姉弟のドタバタの日々を描いた育児絵日記です。 コーギーと猫もいます。 いい加減な性格ゆえズボラ育児ですが、毎日楽しく育児しています!

つわりも新年以降大分良くなっていき食べられるものが増えてきました。それと同時に体質も変わってきました。①げっぷとにかく胃が膨らんでいるのか四六時中げっぷが止まらなくげっぷをしているのがデフォルトになっていました。そんな訳で旦那が隣にいると外だろうがうっか

つわりも新年以降大分良くなっていき食べられるものが増えてきました。

それと同時に体質も変わってきました。


①げっぷ




とにかく胃が膨らんでいるのか四六時中げっぷが止まらなくげっぷをしているのがデフォルトになっていました。
そんな訳で旦那が隣にいると外だろうがうっかり自然にげっぷをしてしまう事が度々あり、すれ違った人にビビられるという恥ずかしい思いを何度か経験しました。




②体重増加





つわりで食べられなかった反動か、少しでも食べられるようになったら食べ物への執着が酷くなりました。
年始もあったのでモチの威力は本当にデブを加速させるのみでした。
まさに食への欲望の塊となった私の体重は減っていたものを取り戻すかのように二週間くらいで4kgも増大していきました。

「妊婦ってすごい!ホルモンってすごい!」
とかこの時は抜けた発言をしていたのですが、この後体重制限で大変な苦労をする事になるのでした…。


つわりも以前よりは良くなり、ちょっとずつ食べられる量が増えてきました。12週に入りこの日からいよいよ産科への診察になります。待合室は妊婦さんで溢れ返ってました。ちなみに助産師コースとドクターコースが選べるのですが、パニック障害の件もあるので念の為ドクター


つわりも以前よりは良くなり、ちょっとずつ食べられる量が増えてきました。

12週に入りこの日からいよいよ産科への診察になります。
待合室は妊婦さんで溢れ返ってました。





ちなみに助産師コースとドクターコースが選べるのですが、パニック障害の件もあるので念の為ドクターコースにしました。

新しい先生はどう見ても若く研修医かと思われる人でした。
やたら専門用語を口にしちゃうインテリタイプ。
やる気がみなぎっているようで思わずニヤニヤしてしまいました。

この日測った脈拍がちょっと高めなのと、パニック障害もあるという事を伝えたら
「パニック障害よりも、バセドウ病を疑った方がいい!」
とキリッとした顔で言われて血液検査をする事に。





まさか今までパニック障害と言われたのは間違いで、実は病気を抱えてたのか…!という事実にこれからどうなるんだろう…と不安で仕方ありませんでした。



まあ結果違ってたので良かったけど。


この日は妊娠判明以来、病院以外で初めてお出かけをしました。
久々解放感いっぱいで嬉しさで満たされました。

行った場所は閉鎖空間のブックオフです。



つわりもピークを迎えるらしいこの時期ですが、私の場合は特にピークというか初めからつわりの波が変わらない感じでした。毎日少しでも食べられる物を模索する毎日。体重の事を正直に書きますが、妊娠前に47kgだった体重がこの時点で42kgへ…生命の危機を感じだして検診の時
つわりもピークを迎えるらしいこの時期ですが、私の場合は特にピークというか初めからつわりの波が変わらない感じでした。

毎日少しでも食べられる物を模索する毎日。
体重の事を正直に書きますが、妊娠前に47kgだった体重がこの時点で42kgへ…
生命の危機を感じだして検診の時聞いたのですが、少しでも水分取れたり食べれたりはするんだったら大丈夫!と言われたので特に対処は出来ず。




ちなみにこのつわりの時期に、結婚記念日、旦那の誕生日、クリスマス、年始年末のイベント全て見送る事になりました。
せめてクリスマスにアイスケーキを注文してあとで食べよう!とチョコタイプのケーキを予約したのですが、当日お店の人が渡し間違えてホワイトケーキが手元に。

あまりのショックに号泣しました。





私がどんなにこの日を楽しみにしていたか。
私がどんなにチョコアイスケーキをほおばる日を夢見ていたか。

そんな床に転がって涙を流している30代女に憐れみを抱いたのか、旦那が交換しに行ってくれて、無事チョコ味を手に入れたのでした。

この感情も全部妊娠のホルモンのせいだと言う事にしたいです。



結果として頼んだアイスケーキはそんなに美味しくなかったので別にホワイトケーキでも良かったです。


前回の雰囲気を察してかモニターが見える位置にありました。モニターを映してすぐに明らかに前回とは違く、大きく人型となった生物にビックリしました。二等身のドラえもんのようでした。私「わー大きくなってますね」女医「大きさも順調ですね。可愛いですね。」(ニコリ)
前回の雰囲気を察してかモニターが見える位置にありました。
モニターを映してすぐに明らかに前回とは違く、大きく人型となった生物にビックリしました。
二等身のドラえもんのようでした。






私「わー大きくなってますね」

女医「大きさも順調ですね。可愛いですね。」(ニコリ)


センセイ、は、初めて笑った…!!!





毎度表情を変えず氷が張り付いたかのような先生だったのですが、最後にデレを見せて頂けたようです。
先生絶対可愛いとか言うキャラじゃないっ!とギャップにドキッとさせされました。

言い方も笑顔もぎこちなくて、すっごい言わされてる感がしましたがそれでも嬉しかった…!

残念ながら総合病院なので9週以降は産科に移らなくてはいけないので女医先生とはお別れです。
最後にトキメキをありがとうございました。


そして次回から未知なる産科へ…!!



ちなみにこの頃1歳の元気いっぱいコーギーと猫が居るのですが、つわりの為ほとんど野放しにしていました。
犬の散歩も家事もほとんど旦那任せで転がっていました。

ちょうどコタツの時期だったので今までの人生で一番ゴミクズのような暮らしをしていました♪




6週で心拍が確認されました。「はいここに心拍見えますねー」とか言われたんですが、モニターが遠くて全く見えず仕舞い。この日はつゆなしソーメンとヨーグルトでお祝いしました。予定日は7月10日と言われました。(この時期は11月)母子手帳をもう取り行ってと言われ本



6週で心拍が確認されました。

「はいここに心拍見えますねー」とか言われたんですが、モニターが遠くて全く見えず仕舞い。
この日はつゆなしソーメンとヨーグルトでお祝いしました。

予定日は7月10日と言われました。(この時期は11月)
母子手帳をもう取り行ってと言われ本当に出産するのかー…と思いましたがイマイチ実感が出来なかったのを覚えています。


つわりはそのうち朝に少し何か口に入れると気持ち悪さは減る事に気が付きましたが、結局量そのものは食べられないので食べつわりでもなさそうな感じです。

良くテレビの食べ物でさえ見ると吐き気をもよおす、という話を聞きますが、私の場合は食べる事は出来ないけれどとにかくずっとお腹が減る状態で食べたいという欲求が常にありました。
目の前に食べ物はあるのに食べられないと言う、まさに拷問状態。

つわり中の愛読書はずっとラーメンの本でした。
ラーメンの本を読んで食べた気持ちになる、
四六時中ラーメンの事ばかり考えていて、ラーメンは憧れの存在になっていました。





お肉の妄想だけでご飯を食べられた学生時代を思い出します。


この頃は手帳に一日のメモを取っていたのですが、引っ張りだしてきて読んでいたらなんだか泣けてきました…。毎日少しでも食べられる物を模索していたのですが、私の場合は毎日日替わりで食べたいものが変わりました。それでも一貫して神食材だったのはリンゴ様でした。5週
この頃は手帳に一日のメモを取っていたのですが、引っ張りだしてきて読んでいたらなんだか泣けてきました…。




毎日少しでも食べられる物を模索していたのですが、私の場合は毎日日替わりで食べたいものが変わりました。
それでも一貫して神食材だったのはリンゴ様でした。



5週目でもまた病院へ行きましたが10.7mmの胎嚢が見れました。
流産した時と違い大きさは倍だったので驚きました。

クールな女医先生からは「おめでとうございます。(真顔)」とお言葉を頂きました。

とりあえずこの病院は胎嚢確認出来たらそう言えと教育されてるんだなと思いました。

『つわり』それはマタニティ生活の中で人々が最も恐れる存在。つわりの始まりは平均7週~8週からと言われていますが、私の場合はいきなり5週からMAXで食欲がなくなっていました。とにかくドラマのように一瞬だけオエッとか嘘です。一日中気持ち悪くインフルエンザのように
『つわり』

それはマタニティ生活の中で人々が最も恐れる存在。

つわりの始まりは平均7週~8週からと言われていますが、私の場合はいきなり5週からMAXで食欲がなくなっていました。

とにかくドラマのように一瞬だけオエッとか嘘です。
一日中気持ち悪くインフルエンザのようにしんどさが一日中付きまとってきます。
食べられるのはポカリとおかゆちょっとだけ。
車酔いも二日酔いもしないので(下戸)例えようが出来ないのですが、吐きたくても吐けないしんどさがずっと続きました。






そんなわけで二週間で4キロと体重は落ちていきました。


ところで、ドラマや漫画での一瞬「うっ」となってそのあとケロリとしているあの演出は一体どこから定着したのでしょうか。
自分なりに考察してみたのですが、単純に一日中転がってる主人公だとお話が進まないだけなんじゃないかと勝手に思っています。


今回の妊娠では念のため地域で一番でかい総合病院を選びました。他につわりなのかグッタリしている人が結構居てその雰囲気だけで倒れそうでした。金髪のギャルが目立つくらいにしんどそうでソファに倒れるようにしていたのが目立って心配でした。婦人科の先生はthe・女医
今回の妊娠では念のため地域で一番でかい総合病院を選びました。

他につわりなのかグッタリしている人が結構居てその雰囲気だけで倒れそうでした。
金髪のギャルが目立つくらいにしんどそうでソファに倒れるようにしていたのが目立って心配でした。




婦人科の先生はthe・女医!という感じで真顔のまま淡々と話す先生でした。
まだ4週程度なので内診はなし。話だけ聞いてもらおうと昨日のできごとを相談。

先生は、話し終わる前にさらっと一言。

「薬?飲んでください。」





色々厳しいことを言われるのかと覚悟して行ったのですが、意外にもそう答えてくれました。
そして人に話した安堵感からか、涙と鼻水が出てきてその場で泣いてしまいました。





そんな暑苦しい私に対してクール先生は優しく素通りしてくれて、予定通りの来週5週目にまた予約をして帰りました。

この診察で心の憑き物が取れたようで、この日から不安になることは無くなりました。
もちろん先生にはOKと言われましたが薬も飲みませんでした。

そうしてやっと私のマタニティライフが始まりました。


流産から一ヶ月開けたら次の妊娠を考えても良いと言われていたので焦らずのんびりして車の免許などを取りに行ったりしました。毎日行ってたのにも関わらず、免許を取るまで三ヶ月かかったのでダラダラ延長。そして3周期目でまた赤ちゃんが来てくれました。喜びと同時に、や
流産から一ヶ月開けたら次の妊娠を考えても良いと言われていたので焦らずのんびりして車の免許などを取りに行ったりしました。
毎日行ってたのにも関わらず、免許を取るまで三ヶ月かかったのでダラダラ延長。

そして3周期目でまた赤ちゃんが来てくれました。

喜びと同時に、やはり流産を経験しているとどうしても不安に。
生理予定日にピッタリ検査薬を使ったのですが、その夜からなんだか食欲がなくなり…
久々のパニック発作が起きてしまいました。




一晩中もなかなか震えが収まらなかったのですが、それでもなんとか薬を飲まないように耐えました。

次の日不安になり、早すぎたのを承知で産科を受診することにしました。


続く


【ヨタ話:「私が赤子待ち中にやっていたこと」】





悲しくも始めての子はわずか6週でお空に還ってしまいました。胎嚢も元々小さく、心拍を確認する前に自然流産してしまったので元々育たない子だったようです。しかしこの妊娠がきっかけに薬を止めることができたのでお空の子には本当に感謝しています。そしてそれから二年近
悲しくも始めての子はわずか6週でお空に還ってしまいました。



胎嚢も元々小さく、心拍を確認する前に自然流産してしまったので元々育たない子だったようです。
しかしこの妊娠がきっかけに薬を止めることができたのでお空の子には本当に感謝しています。


そしてそれから二年近く経つ今も薬を飲んではいません。
念のため頓服は持ち歩いていますが、なんとか飲まずにうまくやっています。

今もバスや電車などは苦手ですが普通に乗ることは出来たり、発作なども起きなくなったので普通の生活を取り戻しております。
パニック障害に完治というものはない、ということで時々今でも予期不安などが頭をかすめますが、完治しなきゃという考えを捨ててパニック障害とうまく共存していくことがベターだと分かりました。


今現在は育児をしていて、今後もちょこちょこパニック障害の事とか書きますが、今後は第一子を妊娠、出産するまでを振り返って色々綴っていこうと思います。





願っていた妊娠ですがこんなに早く出来るとは思っていなかったので正直驚きました。それと共にまだ減薬が完了してなく、どうしよう…と不安で慌ててしまいました。急いでエルフ先生の所へ相談へ。先生曰く、ジェイゾロフトは比較的安全性の高い薬ですぐに赤ちゃんがどうこう
願っていた妊娠ですがこんなに早く出来るとは思っていなかったので正直驚きました。
それと共にまだ減薬が完了してなく、どうしよう…と不安で慌ててしまいました。





急いでエルフ先生の所へ相談へ。

先生曰く、ジェイゾロフトは比較的安全性の高い薬ですぐに赤ちゃんがどうこうということは無い。
薬を飲み続けて出産した人も沢山いる。

と暖かいお言葉を頂き、少し安心しました。


ここからものすごく悩みました。

悩んで悩みまくった結果、

私の場合はその日から一切薬を飲まない、という決断をしました。





パニックがぶり返すのも恐ろしかったのですが、薬を飲むことで罪悪感などでとても楽しいマタニティライフを過ごせる自信がなかったからです。

心配していた離脱症状ですが既につわりのようなものが始まっていたのでそっちに気が取られていてほとんど感じず終わりました。

というわけで私の場合は半年で薬を止めることが出来ました。

これはあくまで私の場合なので普通は何年もかけてゆっくり止めていくパターンが多いみたいです。



ところが喜びもつかの間、
ある日唐突に大量に出血をして酷い腹痛に襲われました。





本来はパニック障害はもっと焦らずゆっくり治していくのがベストなのですが、ここしばらく発作が出ることはほとんど無くなっていたのでそれを理由に熱弁しました。そして私の欲望が通じたのかエルフ先生からありがたくも解禁を頂いたのでした。急に減薬すると離脱症状などが
本来はパニック障害はもっと焦らずゆっくり治していくのがベストなのですが、ここしばらく発作が出ることはほとんど無くなっていたのでそれを理由に熱弁しました。

そして私の欲望が通じたのかエルフ先生からありがたくも解禁を頂いたのでした。





急に減薬すると離脱症状などが辛いみたいなので薬は徐々に減らしていくことに。


ところがすぐに









解禁して一周目の事でした。

パニック障害は強いストレスが引き金というらしいのですが、一体何が原因だったのだろうと考えました。その頃は都会(比較的)から地方への引越し、職探し、結婚式の準備、そして震災と確かにてんやわんやで大変な時期だったのですが結局どれが原因とは言い切れないです。や
パニック障害は強いストレスが引き金というらしいのですが、一体何が原因だったのだろうと考えました。

その頃は都会(比較的)から地方への引越し、職探し、結婚式の準備、そして震災と確かにてんやわんやで大変な時期だったのですが結局どれが原因とは言い切れないです。
やっぱり慣れない土地で慣れない環境というのがすごい負担だったのではと今では思います。

ともあれ始まったパニック障害への戦いはなかなか大変なものでした。




パニック障害でやっかいなのが「予期不安」と呼ばれるもので、パニック発作がまた起きるんじゃないか?という不安感の事を言います。




予期不安のせいで電車・バスが乗れなくなってしまい、移動は全て車になりました。
ちょっとしたお出かけにもハラハラデンジャラスな日々になりました。

遠方の遠出が難しくなり、地元にも帰れなくなり友人たちへの説明がなかなか出来ず辛かったです。

こんな生活を半年続けました。

が、やっぱり子供欲しい欲が頭を離れなかったのでそろそろ主治医に解禁を打診してみることにしました。


パニック障害というものはそれまでは名前くらいしか知識がありませんでした。それまでは大雑把だし忘れっぽいし、そんな自分がまさかこんな病気にかかるなんて思いませんでした。とりあえず治療としてSSRIと呼ばれる種類の薬と頓服を頂き服用していくことになりました。「薬



パニック障害というものはそれまでは名前くらいしか知識がありませんでした。
それまでは大雑把だし忘れっぽいし、そんな自分がまさかこんな病気にかかるなんて思いませんでした。

とりあえず治療としてSSRIと呼ばれる種類の薬と頓服を頂き服用していくことになりました。




「薬を飲む」という事に薄々予感はしていたのですが、
やはり言われてしまいました。





正直20代ギリギリの駆け込み婚で年齢的にも早く子供が欲しかったので、病気の診断よりも子作り禁止令が出された事の方がショックでした。

いつまで飲むんだろう、どれくらいで完治するんだろう、
と今後を考えると焦りと不安を感じずにはいられませんでした。

でもその時は「最短で治して早く解禁してもらおう。」とゆるく考えていました。

しかしのちに、パニック障害というものは完治というものが存在しないという恐ろしい情報を知るのでした…。

心療内科=メンタルの病気という偏見イメージしかなかったのでまさか自分が?みたいに衝撃を受けました。多少は心療内科へ行く事に抵抗があったのですが、既にその頃は日中収まらない動悸やお風呂にすら入れないくらい体が動かなくなっていて、もう偏見で嫌がっている場合で



心療内科=メンタルの病気という偏見イメージしかなかったのでまさか自分が?みたいに衝撃を受けました。

多少は心療内科へ行く事に抵抗があったのですが、既にその頃は日中収まらない動悸やお風呂にすら入れないくらい体が動かなくなっていて、もう偏見で嫌がっている場合ではなくなっていました。

予約して初めての心療内科へ行きました。
病院自体はエステかのような綺麗さで殺伐としていなく、落ち着いた雰囲気でした。

主治医の女性の先生は何をしても怒らなそうな物腰柔らかでびっくりするくらいエルフでした。






検査は血液検査や問診などをしました。
問診は私生活やプライベートをガッツリ聞かれそこは心療内科というより刑事の事情聴取のようでした。

そしてやっとこさパニック障害と診断されました。

その頃は何となく感づいていたので、「ああ、やっぱり…。」という感想でした。


その後腸内環境を整えたり運動をしたりと何事もなくそのまま数ヵ月後に結婚式を迎えたのですがなんと当日まさかの悪夢再来。悲しくも純白のドレスのままトイレに篭って焦りと体調不良で頭はパニックでした。このままだと式自体キャンセルになる=式代が全て無駄になるという
その後腸内環境を整えたり運動をしたりと何事もなくそのまま数ヵ月後に結婚式を迎えたのですが
なんと当日まさかの悪夢再来。

悲しくも純白のドレスのままトイレに篭って焦りと体調不良で頭はパニックでした。
このままだと式自体キャンセルになる=式代が全て無駄になる
という金の事しか頭に浮かばずなんとか気合で乗り切りました。





高熱を出してもベスを演じるマヤの事を考えまくってなんとか乗りきりました。
あの時のことは美内先生に何度感謝しても足りない位です。


しかしその後また何度も同じように体調が急に悪化する事が多くなりました。
その時は腸のせいだと思ってたので何回か胃腸科に通ったのですが余り良くならず。


そのうち日中収まらない動悸や乗り物に乗れなくなったりしてしまうようになり日常生活がままならない状態に。
やむを得なく務めていた会社を唐突に辞める事になってしまいました。

そしてようやく病院で心療内科に行ってみては?という診断を頂きました。


パニック障害と診断された辺りの過去記事になります。3月某日20代ギリギリで滑り込んだ結婚式を5月に控え地元の友人たちとバカ騒ぎをしてきた帰りの事でした。おうちに帰る為新幹線(終電)に乗ったのですがそこで貧血かと思われる血の気が一気に引く感覚に襲われました
パニック障害と診断された辺りの過去記事になります。



3月某日20代ギリギリで滑り込んだ結婚式を5月に控え地元の友人たちとバカ騒ぎをしてきた帰りの事でした。

おうちに帰る為新幹線(終電)に乗ったのですがそこで貧血かと思われる血の気が一気に引く感覚に襲われました。




駅員さんに助けを求め車内の休憩室のような所で休ませてもらいました。
その後襲い来る血の気が引く感覚とヤバイという頭の感覚。
更に下痢にもなり何度もトイレで往復をしました。

50分間の地獄の道中そのまま夜間の病院に駆け込んだのですが
そこでの医師の診察は食あたりでした。

始めまして。この度ふと思い立って育児ブログを書こうと思いイラストブログを初めさせて頂きました。現在1歳の娘が居ます。プラスコーギーと雑種の猫が居る我が家はやかましさと毛だらけな毎日です。三年前にパニック障害という厄介な病気を診断されました。パニック障害で
始めまして。
この度ふと思い立って育児ブログを書こうと思いイラストブログを初めさせて頂きました。


現在1歳の娘が居ます。



プラスコーギーと雑種の猫が居る我が家はやかましさと毛だらけな毎日です。



三年前にパニック障害という厄介な病気を診断されました。
パニック障害での育児に悩んでたり、あとペットを飼いながらの育児に悩んでたりする方に
少しでも参考になればいいなと思って更新していきたいです。

とりあえず書き溜めた過去記事公開になります。
ダラダラ更新予想されますが現在に追いつけるよう綴っていきたいと思います。

(※現在調整中です※)※気が向いたら追加・更新していきます。長女ポケ・我が家のラン活やっとこさ終了 前半・我が家のラン活やっとこさ終了 後半長男ユズ・息子の発語(音声付き)・死ぬかと思った恐怖体験…【前半】・ゆば母・旦那・その他
(※現在調整中です※)
※気が向いたら追加・更新していきます。



長女ポケ
我が家のラン活やっとこさ終了 前半
我が家のラン活やっとこさ終了 後半



長男ユズ
息子の発語(音声付き)
死ぬかと思った恐怖体験…【前半】

・ゆば母

・旦那

・その他