トリあたま絵日記(旧:巣ごもりゆばさん~ズボラ育児楽しんでます~)

4歳差の姉弟のドタバタの日々を描いた育児絵日記です。 コーギーと猫もいます。 いい加減な性格ゆえズボラ育児ですが、毎日楽しく育児しています!

カテゴリ: パニック障害

悲しくも始めての子はわずか6週でお空に還ってしまいました。胎嚢も元々小さく、心拍を確認する前に自然流産してしまったので元々育たない子だったようです。しかしこの妊娠がきっかけに薬を止めることができたのでお空の子には本当に感謝しています。そしてそれから二年近
悲しくも始めての子はわずか6週でお空に還ってしまいました。



胎嚢も元々小さく、心拍を確認する前に自然流産してしまったので元々育たない子だったようです。
しかしこの妊娠がきっかけに薬を止めることができたのでお空の子には本当に感謝しています。


そしてそれから二年近く経つ今も薬を飲んではいません。
念のため頓服は持ち歩いていますが、なんとか飲まずにうまくやっています。

今もバスや電車などは苦手ですが普通に乗ることは出来たり、発作なども起きなくなったので普通の生活を取り戻しております。
パニック障害に完治というものはない、ということで時々今でも予期不安などが頭をかすめますが、完治しなきゃという考えを捨ててパニック障害とうまく共存していくことがベターだと分かりました。


今現在は育児をしていて、今後もちょこちょこパニック障害の事とか書きますが、今後は第一子を妊娠、出産するまでを振り返って色々綴っていこうと思います。





願っていた妊娠ですがこんなに早く出来るとは思っていなかったので正直驚きました。それと共にまだ減薬が完了してなく、どうしよう…と不安で慌ててしまいました。急いでエルフ先生の所へ相談へ。先生曰く、ジェイゾロフトは比較的安全性の高い薬ですぐに赤ちゃんがどうこう
願っていた妊娠ですがこんなに早く出来るとは思っていなかったので正直驚きました。
それと共にまだ減薬が完了してなく、どうしよう…と不安で慌ててしまいました。





急いでエルフ先生の所へ相談へ。

先生曰く、ジェイゾロフトは比較的安全性の高い薬ですぐに赤ちゃんがどうこうということは無い。
薬を飲み続けて出産した人も沢山いる。

と暖かいお言葉を頂き、少し安心しました。


ここからものすごく悩みました。

悩んで悩みまくった結果、

私の場合はその日から一切薬を飲まない、という決断をしました。





パニックがぶり返すのも恐ろしかったのですが、薬を飲むことで罪悪感などでとても楽しいマタニティライフを過ごせる自信がなかったからです。

心配していた離脱症状ですが既につわりのようなものが始まっていたのでそっちに気が取られていてほとんど感じず終わりました。

というわけで私の場合は半年で薬を止めることが出来ました。

これはあくまで私の場合なので普通は何年もかけてゆっくり止めていくパターンが多いみたいです。



ところが喜びもつかの間、
ある日唐突に大量に出血をして酷い腹痛に襲われました。





本来はパニック障害はもっと焦らずゆっくり治していくのがベストなのですが、ここしばらく発作が出ることはほとんど無くなっていたのでそれを理由に熱弁しました。そして私の欲望が通じたのかエルフ先生からありがたくも解禁を頂いたのでした。急に減薬すると離脱症状などが
本来はパニック障害はもっと焦らずゆっくり治していくのがベストなのですが、ここしばらく発作が出ることはほとんど無くなっていたのでそれを理由に熱弁しました。

そして私の欲望が通じたのかエルフ先生からありがたくも解禁を頂いたのでした。





急に減薬すると離脱症状などが辛いみたいなので薬は徐々に減らしていくことに。


ところがすぐに









解禁して一周目の事でした。

パニック障害は強いストレスが引き金というらしいのですが、一体何が原因だったのだろうと考えました。その頃は都会(比較的)から地方への引越し、職探し、結婚式の準備、そして震災と確かにてんやわんやで大変な時期だったのですが結局どれが原因とは言い切れないです。や
パニック障害は強いストレスが引き金というらしいのですが、一体何が原因だったのだろうと考えました。

その頃は都会(比較的)から地方への引越し、職探し、結婚式の準備、そして震災と確かにてんやわんやで大変な時期だったのですが結局どれが原因とは言い切れないです。
やっぱり慣れない土地で慣れない環境というのがすごい負担だったのではと今では思います。

ともあれ始まったパニック障害への戦いはなかなか大変なものでした。




パニック障害でやっかいなのが「予期不安」と呼ばれるもので、パニック発作がまた起きるんじゃないか?という不安感の事を言います。




予期不安のせいで電車・バスが乗れなくなってしまい、移動は全て車になりました。
ちょっとしたお出かけにもハラハラデンジャラスな日々になりました。

遠方の遠出が難しくなり、地元にも帰れなくなり友人たちへの説明がなかなか出来ず辛かったです。

こんな生活を半年続けました。

が、やっぱり子供欲しい欲が頭を離れなかったのでそろそろ主治医に解禁を打診してみることにしました。


パニック障害というものはそれまでは名前くらいしか知識がありませんでした。それまでは大雑把だし忘れっぽいし、そんな自分がまさかこんな病気にかかるなんて思いませんでした。とりあえず治療としてSSRIと呼ばれる種類の薬と頓服を頂き服用していくことになりました。「薬



パニック障害というものはそれまでは名前くらいしか知識がありませんでした。
それまでは大雑把だし忘れっぽいし、そんな自分がまさかこんな病気にかかるなんて思いませんでした。

とりあえず治療としてSSRIと呼ばれる種類の薬と頓服を頂き服用していくことになりました。




「薬を飲む」という事に薄々予感はしていたのですが、
やはり言われてしまいました。





正直20代ギリギリの駆け込み婚で年齢的にも早く子供が欲しかったので、病気の診断よりも子作り禁止令が出された事の方がショックでした。

いつまで飲むんだろう、どれくらいで完治するんだろう、
と今後を考えると焦りと不安を感じずにはいられませんでした。

でもその時は「最短で治して早く解禁してもらおう。」とゆるく考えていました。

しかしのちに、パニック障害というものは完治というものが存在しないという恐ろしい情報を知るのでした…。

心療内科=メンタルの病気という偏見イメージしかなかったのでまさか自分が?みたいに衝撃を受けました。多少は心療内科へ行く事に抵抗があったのですが、既にその頃は日中収まらない動悸やお風呂にすら入れないくらい体が動かなくなっていて、もう偏見で嫌がっている場合で



心療内科=メンタルの病気という偏見イメージしかなかったのでまさか自分が?みたいに衝撃を受けました。

多少は心療内科へ行く事に抵抗があったのですが、既にその頃は日中収まらない動悸やお風呂にすら入れないくらい体が動かなくなっていて、もう偏見で嫌がっている場合ではなくなっていました。

予約して初めての心療内科へ行きました。
病院自体はエステかのような綺麗さで殺伐としていなく、落ち着いた雰囲気でした。

主治医の女性の先生は何をしても怒らなそうな物腰柔らかでびっくりするくらいエルフでした。






検査は血液検査や問診などをしました。
問診は私生活やプライベートをガッツリ聞かれそこは心療内科というより刑事の事情聴取のようでした。

そしてやっとこさパニック障害と診断されました。

その頃は何となく感づいていたので、「ああ、やっぱり…。」という感想でした。


その後腸内環境を整えたり運動をしたりと何事もなくそのまま数ヵ月後に結婚式を迎えたのですがなんと当日まさかの悪夢再来。悲しくも純白のドレスのままトイレに篭って焦りと体調不良で頭はパニックでした。このままだと式自体キャンセルになる=式代が全て無駄になるという
その後腸内環境を整えたり運動をしたりと何事もなくそのまま数ヵ月後に結婚式を迎えたのですが
なんと当日まさかの悪夢再来。

悲しくも純白のドレスのままトイレに篭って焦りと体調不良で頭はパニックでした。
このままだと式自体キャンセルになる=式代が全て無駄になる
という金の事しか頭に浮かばずなんとか気合で乗り切りました。





高熱を出してもベスを演じるマヤの事を考えまくってなんとか乗りきりました。
あの時のことは美内先生に何度感謝しても足りない位です。


しかしその後また何度も同じように体調が急に悪化する事が多くなりました。
その時は腸のせいだと思ってたので何回か胃腸科に通ったのですが余り良くならず。


そのうち日中収まらない動悸や乗り物に乗れなくなったりしてしまうようになり日常生活がままならない状態に。
やむを得なく務めていた会社を唐突に辞める事になってしまいました。

そしてようやく病院で心療内科に行ってみては?という診断を頂きました。


パニック障害と診断された辺りの過去記事になります。3月某日20代ギリギリで滑り込んだ結婚式を5月に控え地元の友人たちとバカ騒ぎをしてきた帰りの事でした。おうちに帰る為新幹線(終電)に乗ったのですがそこで貧血かと思われる血の気が一気に引く感覚に襲われました
パニック障害と診断された辺りの過去記事になります。



3月某日20代ギリギリで滑り込んだ結婚式を5月に控え地元の友人たちとバカ騒ぎをしてきた帰りの事でした。

おうちに帰る為新幹線(終電)に乗ったのですがそこで貧血かと思われる血の気が一気に引く感覚に襲われました。




駅員さんに助けを求め車内の休憩室のような所で休ませてもらいました。
その後襲い来る血の気が引く感覚とヤバイという頭の感覚。
更に下痢にもなり何度もトイレで往復をしました。

50分間の地獄の道中そのまま夜間の病院に駆け込んだのですが
そこでの医師の診察は食あたりでした。